大阪市生まれ。九州帝大東洋史学科卒業後、海軍予備学生として出征。復員後、島尾敏雄らと同人誌を創刊した。中高教師、朝日放送勤務などのかたわら「舞踏」「恋文」などを発表。1955年、平凡な暮らしにひそむ危機をとらえた「プールサイド小景」で芥川賞受賞。詩情豊かに生活の細部を描いて、安岡章太郎氏や吉行淳之介、遠藤周作らとともに「第三の新人」と呼ばれた。
夫婦の亀裂を描いた「静物」(60年、新潮社文学賞)は戦後文学の名作に数えられる。その後も「夕べの雲」(65年、読売文学賞)、「絵合せ」(71年、野間文芸賞)、「明夫と良二」(72年、毎日出版文化賞)など人生の機微を追求する家庭小説を書いた。一方で「浮き燈台(とうだい)」「流れ藻」など見聞に基づいてストーリーを構成した作品も好評に迎えられた。
「ガンビア滞在記」(59年)、ロンドン紀行「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」(84年)、脳内出血後の記録「世をへだてて」など、随想にも秀作が多い。90年代後半からは自身の日常生活を題材に「貝がらと海の音」「庭のつるばら」などを主要文芸誌に書き継ぎ、健在ぶりを示した。それは06年3月刊行の「星に願いを」に至っている。「庄野潤三全集」(全10巻・講談社)がある。
父貞一さんは帝塚山学院を創設した教育者。児童文学作家の庄野英二さんは実兄。78年に日本芸術院会員になった。
▽作家、阿川弘之さんの話 従来の私小説とは微妙に異なる、清純な家庭小説を多く書いた。子や孫を大事にする作風が心に残っている。やるべき仕事をやり終えた一生だったと思う。


